経鼻インフルエンザワクチン「フルミスト」

フルミストとは

フルミスト(FluMist®)は、鼻腔に直接噴霧するタイプのインフルエンザワクチンです。従来のインフルエンザワクチンが、インフルエンザウイルスを不活化(殺菌)して抗原として用いる「不活化ワクチン」であるのに対し、フルミストはウイルスの毒性を弱めた「弱毒生ワクチン」に分類されます。

フルミストの最大の特徴は、インフルエンザウイルスの自然な感染経路である鼻腔や鼻咽頭の粘膜で増殖し、局所的な免疫応答を誘導する点にあります。ワクチンに含まれる弱毒化ウイルスが鼻粘膜に付着・増殖することで、ウイルスの侵入を直接防ぐIgA抗体が産生されます。これに加え、血液中にも全身的な免疫が成立するため、フルミストはウイルスが体内に侵入する初期段階での感染そのものを防ぐ「発症予防」と、万が一感染した場合の「重症化抑制」という二重の防御システムを構築します。

主に血液中の抗体価を上昇させて重症化を抑制する従来の不活化ワクチンが「感染後の重症化を防ぐ」ことに重点を置くのに対し、フルミストはこの二段階の防御システムにより、「感染そのものを未然に防ぐ」ことに重きを置いていると言えます。

従来の注射型インフルエンザワクチンとの比較

項目フルミスト(経鼻弱毒生ワクチン)従来の注射型(不活化ワクチン)
ワクチンの種類弱毒生ワクチン 不活化ワクチン
接種方法鼻腔噴霧筋肉注射または皮下注射
主な作用粘膜免疫と全身免疫の同時獲得 全身免疫の獲得
期待される効果発症予防効果が高い重症化予防効果が高い
接種回数通常1回6ヶ月〜12歳は2回
主な副反応鼻水、咳、発熱などの感冒様症状注射部位の痛み、発熱など
接種対象年齢2歳〜19歳未満6ヶ月以上

日本小児科学会は、現時点ではどちらか一方がインフルエンザ予防に明確に優れているという科学的証拠はないと結論付けています。したがって、両者の特性を理解し、個々の状況に合わせて選択することが重要です。

フルミストが推奨されるケース、接種を避けるべきケース

フルミストが第一の選択肢となりうるケース

  • 注射を極端に嫌がる2歳から19歳未満の小児や青少年
  • インフルエンザの発症そのものを強く予防したいと考える人
    • 受験生など、インフルエンザによる学業の中断を避けたい場合、発症予防に強みを持つフルミストが適していると考えられます。

接種を避けるべきケース(禁忌・接種注意)
(以下に該当すれば接種は不適当または禁忌)

  • 絶対的禁忌
    • 2歳未満、19歳以上(国内承認年齢外)
    • 明らかな発熱、重篤な急性疾患がある方
    • 免疫不全疾患のある方、または免疫抑制治療中の方
    • 妊娠中または妊娠している可能性のある女性
    • 重度のゼラチンアレルギーや、フルミスト成分でアナフィラキシーを起こしたことがある方
  • 接種に注意が必要なケース
    • 5歳未満で喘息の既往がある方
    • 特定の慢性疾患を抱えている方(心臓、肺、肝臓、糖尿病、神経、血液疾患など)
    • 妊娠中の家族や免疫不全の家族と同居している方
    • 特定の薬剤(アスピリン、免疫抑制剤など)を服用している方

フルミストの主なメリット

1. 非侵襲性による身体的・心理的負担の軽減

フルミストの最も明白な利点は、注射針を使用しないことです。接種は、0.1mLという少量のワクチン液を左右の鼻腔に1回ずつ噴霧するだけで完了し、痛みは全くありません。この非侵襲的な方法は、特に注射に対して強い恐怖心や抵抗感を抱く小児とその保護者にとって、予防接種に伴う心理的・身体的負担を劇的に軽減します。

2. 粘膜免疫誘導による高い発症予防効果

フルミストは、インフルエンザウイルスの侵入口である鼻粘膜で免疫を誘導するため、ウイルス感染そのものを阻止する高い発症予防効果が期待されます。この特有の作用機序は、ウイルスが体内に定着する初期段階から防御網を構築するため、インフルエンザの発症を高い確率で防ぐことができます。これにより、罹患による学業や社会生活への影響を最小限に抑えることが期待されます。

3. 交差防御効果と接種回数の簡便性

フルミストは、流行株と異なるウイルスが蔓延した場合でも、ある程度の重症化予防効果を発揮する「交差防御効果」が期待されるとされています。これは、弱毒生ワクチンがより広範な免疫応答を誘導する可能性を示唆しています。

また、接種回数の簡便性も大きなメリットです。フルミストは通常、1回の接種でワンシーズンにわたる効果が期待できます。従来のワクチンでは通常2回接種が推奨される12歳以下の小児でも、フルミストは1回の接種で完了します。これは、保護者にとって通院回数やスケジュールの調整の手間を大幅に削減できるという点で、大きな利便性をもたらします。

フルミストの主なデメリット

1. 特有の副反応とウイルス排出のリスク

フルミストは生ワクチンであるため、接種後に弱毒化されたワクチンウイルスが鼻咽頭で増殖します。この作用の結果として、軽度の感冒様症状(鼻水、鼻づまり、咳、喉の痛み)が接種者の約30〜40%で、発熱が数%で発生することが報告されています。これらの症状は通常、接種後3日から7日以内に現れ、数日で自然に軽快します。

この副反応は、単なる軽度の症状に留まらない、より広範なリスクに繋がる可能性があります。フルミストのワクチンウイルスは、接種後3〜4週間にわたり鼻水から微量に排出される可能性があるためです 。この排出されたウイルスは、他者へ感染(水平伝播)する可能性があります。したがって、フルミストを接種した者は、接種後1〜2週間は、免疫機能が低下した人々(免疫不全者)や、乳児、妊婦との濃厚な接触を避けるよう強く推奨されます。

2. 厳格な接種対象の制限と禁忌事項

フルミストは、その生ワクチンという性質上、従来のワクチンよりも厳格な接種対象制限と禁忌事項が設けられています。

  • 年齢制限
    • 国内で承認されている対象年齢は2歳から19歳未満です。2歳未満および19歳以上は、国内承認された効能・効果の対象外となります。
  • 健康状態による禁忌・注意
    • 重度の喘息、免疫不全疾患、特定の慢性疾患(心臓、肺、肝臓、糖尿病、血液疾患など)、ゼラチンアレルギーの既往がある方、妊娠中または妊娠している可能性のある方、特定の薬剤(アスピリン、免疫抑制剤など)を服用している方は、フルミストを接種できません。

この広範な禁忌リストは、弱毒化されたウイルスが体内で過剰に増殖し、重篤な合併症を引き起こすリスクを回避するために設けられています。この厳格な制限は、フルミストが万人向けのワクチンではなく、特定の条件を満たす人にのみ推奨されることを明確に示しています。